2018年という年

自分にとって激動の1年であったことは間違いない年でした。

すばるくんのことについては何度も文章にしようとしては書いては消しを繰り返し結局今日を迎えてしまいました。*1Twitterでは呟いてきたけど6人の彼らを見たらわかると思っていたこともわからず、ただただ寂しい、それだけです。関ジャムの日が私の中で区切りにはなっていて、今日が最後という気はあんまりしません。

タッキー&翼のことについても何度もこれまでの思い出を頭の中で振り返って文章にしてたけど実際に書き起こすには難しく、同じく今日を迎えました。翼君に関しては人は体が第1なのでとにかく元気になってほしいことが1番です。滝様は、わたしが前から望んでいた形になったのだけど異なるという結果になり、これも寂しいという感情かなぁ。姿が拝見できなくなることは悲しいけど滝様のプロデュースした作品はこれからもみられるという点はまだ楽しみです。それでもわたしは滝様のコンサートが、舞台が大好きだったし、そこでたっくさんの出会いと思い出をいただきました。えびきすバックを漁る日々、すのーまんに夢中だったあの時期、滝様にはたくさんの空間を与えてもらいました。ありがとうございました。

私生活では1児の母となり、生活はがらっと変わりました。すばるくんの件では、もし母親になっていなかったらまた違う状況だったのかなと何度か考えました。正直なところ、今までエイトごとが1番だったことが子供が1番になったわけでいつまでも表では落ち込んでられなかったんだよね。それもまたわたしの人生。ライブのときはエイトのことを考え、自分が泣いて泣いてたけど終わったら、ぼっちゃん泣いてるかなぁ早く戻らなきゃってすぐに頭をチェンジしていたことに、ああ母になったんだなって思ったりもしました。大変なこともあるけれど我が子はやっぱり世界一かわいいし、毎日が楽しいです。だから2018年は悲しいこともあったけど、わたしにとっては最高の年になったと思っています。

今後、来年も子育てを1番にして、無理のない程度におたくな趣味は楽しんでいく予定です。やめはしない、もう長いことなにかにはまっていないと無理な生き方をしているのでゆるくなりつつもきっと私は追い続けるはず。いふおあも終わってしまったし、1年に1回ライブに行くのかなーなんてぼんやり思っています。テレビもみたいものだけみて、二次元もゆるーくみて買って楽しんでいきたい。こうやって文章にするとつまらなくなっているようにもみえるけど、人生自体は悔いのないように生きているつもりです。これまでもこれからも。オリンピックが始まるまでに東京脱出したいけど、そのためには仕事やめなきゃいけないしという葛藤が今の自分のテーマかな・・・。(突然)

そんな1年でしたが、来年は良い年になりますように。みんな体が1番だよ。元気でいてください、私も家族も元気でいよう。さらば2018年。

*1:1つ前にあまりにも気持ちが整理できず書きなぐったポストはありますが

いまのきもち

唐突に書いてみる。ぶっちゃけあの日から全然実感なくて今でも嘘でしょって思ってるくらい。ただ現実は現実で、ライブ行ったら実感するかなって思って福岡だけ行ったけど実感という意味だと全然わかなかったのね。ただし、やっぱり彼のパートがとくに目立つ歌では我慢できなくてとにかく泣いてた。ライブの記憶はあんまりない。今思い出そうとしても思い出せない。
エイトに対するモチベーションはさがったまんまです。レギュラー番組は録画してるけどほとんどみてない、容量圧迫してきて別にいいかなってみずに消してるものもあるくらいです。エイトは大好きだし、ヒナちゃんは私の1番のアイドルだけど、やっぱり今までと同じようには無理なのかなぁってなっている。博貴のときも落ち込んで落ち込んでたけども、ただなんだか前向きだったから大丈夫だったんだと思う。あのときと何が違うのかって、まあいろいろ違うんだけどさー。すっちゃんというセンターを失ったエイトはみてもほぼほぼ無に近いです。ここに はすごくいい曲、だけど私がきくとぽっかりと穴が空いていることは否定できないです。
今までの楽曲は大好きで思い出もたくさんあって、でもほっとんどの曲がすっちゃんの声が目立つから、きくと涙出てきちゃうんだよー、きけないわけじゃないけど、涙が出てくる、きけないってことか。
この記事も答えはないです。今後もエイトは応援してるよ、けど、やっぱり今までみたいには無理だよ。

ガパオもどき

『ゆうちゃんのガパオって安定して美味しいよね』

って言われたからすこぶる機嫌が良い!!!
ガパトもどきなんだけどな!!!

合挽肉 中パック
玉ねぎ 半分
ピーマン 2〜3個
にんにく 一欠片
しょうが 適量

塩胡椒 少々
オイスターソース 半回し
マキシマム 少々
醤油 大さじ1くらい
オリーブオイル 炒め用

バジルがないからしそをたっくさん!
お肉少なかったら木綿豆腐を水切りして足せばよし。

断髪式

髪を切りましたわよ。
前から気になってたけど耳にかかる髪が気になってついに切りました。耳垢が多いのもしかして関係してるのかと思い。どうせ夏場になるしねぇ〜。はさみでじょきっとやって、あとはちっさなバリカンでやりましたが、まー大人しいこと!!wもっとバタバタするものかと思ってたらぽけーっとしてた。下に紙敷いて、支えておすわりしながらやりました。男の子っぽくなりました〜♡髪の毛はとっといたよん。

産院ごはん

ちょーーーいまさらだけど!毎日毎食おいしくって幸せだった!!!一食だけ促進剤打ってるときで食べられなくって旦那くんに食べてもらった。なお、その晩はフレンチメニューだったけど陣痛ピークで悶えてるときで食べられず…そしたらフレンチのお店にいけるペア券もらった♡これで後日旦那くんとフレンチデートできたから*1産院でいただくより良かったのかもしれない。これだけ美味しくて他にもなにかと至れり尽くせりだったのでわたしはもうこの産院でしか産めない…でも2人目は里帰り厳しいのかなーうーん。とにかくごはんが美味しかった。

*1:ぼっちゃんは妹家族がみててくれた

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私の人生だった話

なんとなくわかっていたけど、”いったん”幕を閉じました。まずはお疲れさまでした。
If orが始まったとき、私はまだ地方で学生だった。翌年も学生だったけど、春からの上京直前だったから家探しを理由にチケットとったりした。以降からしばらくはチケットが手元にあるだけ行ける生活だったけど、年々チケットがとれなくなった。FC販売せずに電話先行でとれればラッキー、無理なら地獄、それでもコンビニに発売開始前にはりついていたのは今ではいい思い出だし、コンビニで戦って負けたことがない自分は今思えばすごかったんだと思う。熱量の問題だろうか・・・なにも特別なことはしておりません。画面タッチを少し頑張っただけです。
If orがⅩまで年数重ねていたわけで私も同じく歳を重ねた。Ⅵを観劇したあと彼氏ができて、翌日も観劇したからアンケートでヒナちゃんに報告したw*1Ⅶのチケット発売日に小旅行を予定してしまっており、でも仕方ないと凹んでいたら「ゆうちゃんの楽しみを奪うわけにはいかない!」って新幹線の時間を変更してくれた。*2Ⅷのときなんか、期間が結婚式とかぶってたけどなんとか準備も終わらせて1回見に行けた。Ⅹがまだ発表されていないとき、きっと今回は無理なんだろうなぁってぼんやり思っていたけれど、あるよって聞いたらやっぱり諦めきれなかった。このときも、「みてるから絶対チケットとりな」ってことで自名義で当選した。If orのチケットは想いに応えてくれる( ;∀;)無理なんだろうなぁって思ったけれど、どこかで幕を閉じることを予想していたところもあって行かなきゃなーとも思っていた。

1列目にも入ったし、楽も2回程入ることができた。
チケットやりとりするなかで、同担のお友達もできた。
グローブ座もブリーゼも行けた。
チケットが手元にくるまでは疲れるけど、If orの期間は私にとっては楽しく、人生になっている。

10年間、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。If orはヒナちゃんとそのときいるお客さんとの秘密の時間っていうイメージでそれがすごくすごく好きでした。ヒナちゃん担が多いんだろうけど、決してそうではなかったし、ただ、ヒナちゃんのことをかっこいい、かわいいって思ってる人たちがたくさんの場ではあったのであの空間がすごく好きでした。絶対めちゃくちゃ忙しい人なのに、毎年その楽しみをくれたことにありがとう。
少し寂しいけれども、またいつか会える日まで。

*1:正確にはグローブ座w

*2:無事にチケットをとりそのまま旅行へ

母乳外来

乳腺炎になったことが心配すぎて、東京に戻る直前に行ってきました。帰るまで1週間きったくらいに思いたって産院のスケジュールみてみたらたまたま東京戻る前々日に可能だったから予約した。
行ったらもういっきなり母乳マッサージされたよね\(^o^)/最後いつあげたの?さっき?!これで??!って。うん、病院他、育児書的なものの教えの通り母乳は欲しがる分だけあげたら機嫌も良かったし、乳腺炎も怖かったしだったんだ!け!ど!ちょっと前からとにかくゴボゴボ吐いてしまっていて。苦しそうだし着替えさせるし、あたしも着替えるレベルだったのでちょっと早めに口外してたんだよね。泣くよ、そら泣くけど、しばらくしたらおさまってたから。で、これが大間違いだと。吐くのは仕方ないからあげなさいっていろんな角度から。ってことでその場でわんわん泣きだしていた息子ちゃんにも欲しがるだけあげた、片乳しかあげてなかったのもよくなくて、両方から。そしたらすぐ寝た。
思い込みって良くないね。。乳腺炎なりかけたときあげないと!ってわかってたはずなのになぁ。そしてお腹空いてるのに離しちゃってごめんねってなりました(/ _ ; )
おばあちゃんっていうくらいのお年の方だったけどきびきびしてて話するだけでだいぶ不安が取れたかな。東京不安ってことを言ったらかかりつけの助産師を探すといいよ、私にも電話してきていいから!って言われたのもだいぶ心強かった。あと息子ちゃんよく育ってるし、おっぱいもいいおっぱい!って褒められたw息子褒められると母嬉しい♡
おっぱいたりてないんじゃないー?とは実母にも言って貰ってたのになんだか母に申し訳なかったな…母の言うことは違うとかの考えはなかったけどなんかそのときは1日何度も吐かれることに恐怖感があったんだと思う。ちなみにこの日以来しっかりあげたら自然と吐かなくなっていった。不思議。もちろんたまにキャパ越えて吐くこともあるけどなんてことないかな〜子にはわかってるのかもね、いろいろと。不安が取れたことが1番の収穫だった。そして東京の母乳外来と比べたら破格でした。